だめとは

 知っての通り、僕はそこそこのダメ人間だ。人によっては相当のダメ人間に見えるかも知れない。でも自分で相当のダメ人間だというのも恥ずかしいから、そこそこにしておく。

 僕はダメ友達と、「いやー俺達ってほんっとダメだよねー」と言い合ってよく笑う。
誰かと、自分のだめっぷりを共有しあって、それを受け入れたり受け入れられたりするのは、とても楽しい。

 かといって、ホントにぜーんぶあんたはダメでカスみたいな人間ですね、と言われたら、ズーンと凹む。そしてイライラする。別にそこまでダメじゃねえよ、少なくともお前よりかはな!と強がって自分のプライドを守ろうとやっきになる。

 そして時たまその自分のダメさを何とか振り払おうと、訳の分からない無茶を敢えてしたりする。もちろんそれで何も変わることはない。

 ごくたまに、あくまで至極個人的な見方で、全く非の打ち所のない人間と会ったりするときがある。そういう時は、何も突っ張りようがないから、わざとその人にとって嫌なことをついつい言ったりして、相手をイライラさせる。それで勝った気になる。そしてその人に嫌われる。

 そんな自分の発言に、ひどく落ち込んで、一体俺は何様ーですか、おとーなになれず、とウルフルズ的感傷に浸る。なんでこんなに人を受け入れられないのだろう、そのくせ、なんでこんなにも自分をうけいれてほしーとばたばたしているんだろう。

最近、自分がいかに人を傷つけてきたかで、本当に凹むときがある。別に俺がつまんないプライドで突っ張らなくても、何もなくならないし、何も生まれるものはないんじゃないかと。

 かといって、感動してしまうのは、ペキンパーやスコセッシの男くさーい、自分の世界をひたすら貫いていくドリームランドだ。結局そういうものを必死で追いかけていることは否めない。

 最近、乱歩のエッセイを読んで、面白かったのは、乱歩の中には二人の同居人がいるらしい。
話の内容はどーでもいい話だから書かないけど、そう考えると結構うまくいくときがある。

 正直、俺の、他人を馬鹿にしたり、ブラックなことで空気読まずについつい笑ったり、傲慢なところとか馬鹿みたいに寂しがり屋で、そのくせ一人になりたがったり、そんなお子様のような所が、自分でとてもいとおしい。

そういう所を無理に削ろうとするとほんっとに苦しい。削れば削るだけ、また新しいダメさが生まれるような気がする、しかもどんどん小さくなってしまうような気さえする。

 だから僕の今やるべきことは、いかにその自分のダメさと向かい合って、折り合いをつけて生きていけばいいのかということだと思う。

 しかもこれ、思った以上に、大変。僕以外の生きてる人って、よく自分に折り合いをつけてうまく生きてるなあと、皮肉無しに尊敬する。時もある。

 最近僕は、そんなことばっかり考えています。

おわり
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by box-in-the-cherry | 2006-07-04 23:35 | 思ったこと
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