カテゴリ:映画の話( 34 )

旅について

 まーーーーーいかい思うんですけど、どこかに行くときに、その土地の多少の知識があったほうが、ないよりかは楽しめると思うんですよ。ええ。そう思いながら、ぽけっと過ごしちゃうんですよ。ダメね。ゲロゲロ。

というわけで、今回は行く国も12ヶ国以上だし、折角大して勉強してない土地に行くもんだからちょっとは知識をつけていこうと、まず手始めに中欧の国々で作られた映画を片っ端から見てやろうと思いまして、新宿のツタヤにてヨーロッパコーナーをウロウロする日々でございます。

 もともとアニメは好きなほうで、ちょっと前までやってたチェコアニメの映画とかよく観にいってたのですが、(チェコアニメ有名だしね)いざ実写の作品となると全く手をつけてなくてですね。
今回見たのは、「ひなぎく」っていう実験的な、美大生の可愛い女の子が好きそうなキュートでラブリーな映画と、「この素晴らしき世界」っていう戦争映画。両方ともチェコ。

またねー。中欧東欧はなんだかwwⅡで色々ひどい目にあったらしく、戦争映画っつうと、ごっつい作品がドドーンってな感じでズモモモーンとビデオ屋に置いてあるんですけど、まあ特にポーランドさんの作品はね。アンジェイ・ワイダ先生がね、凄いんですよ。ずらずらと。

だけど「この素晴らしき世界」は一本しか置いてなくて、「すいませんチェコです」みたいなトコになんだか好感が持ててつい手が伸びた作品。

これがねー、また秀逸。名画。すんばらしい戦争映画。みーてー。

なんだかね、僕戦争体験者じゃないからわかんないんだけど、またこれ撮った監督が戦争体験者かどうかも分からないけど。

現代人に息づく歴史を、もう一回自分の表現形態として作り直すってとても勇気がいることだと思うの。そしてそれを観客からも面白いと評価されるのは、本当に凄いと思うの。

そして今度は、映画監督じゃなくって、戦争を乗り越えた人々の、戦争へのあてつけに、そっくりそのまま作り直ししちゃった世界遺産、ワルシャワの町並みを見ることになるんだろうなあと思うと、わっくわくしちゃうよねー。

そう考えると、一生懸命生きてる人って、誰しもが何かしらの形で自己表現してるものなのだなあと思いました。
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by box-in-the-cherry | 2006-06-15 23:46 | 映画の話

なんというか、最近

おそらくは暇なんだろうが、こうやってゆっくりとブログを書き綴るのは本当に
久し振りのような気がする。

うーん、色々面白いことがあったんだが、あえて今書く必要もないことばっかりなので、
書きもしない。

 この前映画の撮影のお手伝いをして、皆で飲んで色々しゃべって、思ったことがある。

ちゃんと脚本かこう。

これ決めた。

特に映画を撮る撮らないは別として、自分の在り方、と言うものを、内に内包するものであれ外に吐露するものであれ、どちらにしても、形にしようと努力をせんと何にもならんのだ。

映画も、自分の見方というかスタンスみたいなものは、やっとのこと、ある程度成り立ってきてはいるし、
その追究は、ただひたすら映画を自分の中にぶち込んで、ゲロ吐かないように口元を押さえつつ進めばば良い訳で、大好きな逃避行の資金準備の体制も整ってる。
あとしなくちゃならないことは、付いた鈍感な脳内の脂肪を感性に仕立て上げる地道なトレーニング。
あと彼女作る努力。

ってわけで脚本書きマース。死んでも見せないけど応援してねー。
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by box-in-the-cherry | 2005-11-30 00:39 | 映画の話

考えること

 最近ちょこちょこ映画のお手伝いをさせてもらってる監督さんに、
よく言われる。「お前も映画を作りなさい」と。

えーやだーめんどーいとおもいつつ、一応考えてみる。

そんで最近本を読んだ。蓮実重彦センセの本。日本映画評論界の権化。

そこにこんなことが書いてあった。
DWグリフィスは、「映画は女と銃である。」と言った。

これを発展させて、彼は「男と女、それプラス何かがあれば、映画は成立する。」
と。

これはなるほどと思った。

でもなるほどと思いつつ、それプラス何かとは何ぞや、と考えると、
ひじょーーーに難しい!俺にはまだわかんない。

このプラス何かって、撮る人の本質的なものが現れてくるように
思えてならない。多分それは、撮る人にとって本当に大事な、ものであったり
シーンであるような気がする。

K子さんに、ふと質問してみた。プラス何かだったら、何を選ぶかと。

K子さんは、しらっと答えた。

「空。」


・・・・・、やるじゃない。一本とられた瞬間でした。
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by box-in-the-cherry | 2005-10-05 16:02 | 映画の話

銀座上陸

 今日は映画館でもはしごしてやろう、ういー、母ちゃん帰ったぞー的な
ノリで、かといいつつ五時からのバイトに間に合うには上映時間が合わず、
やむなく銀座で絶賛公開中、クストリッツァ監督の「ライフイズミラクル」
を見に行こうという結論に至った。

 自分は田舎者なもんで、銀座といったら

「コージーコーナー」くらいしかイメージをたどるとこなし、
銀座っつったら、ハイカラなお兄さんやハイカラなお嬢さんたちが、
どえれえ値段のする舶来の上着なんかきちゃったりなんだりしている
のだろうかと、内心どきどきしつつ丸の内線を後にする。

つうかあそこ実際ハイカラなとこね。
イチローの、

「僕はユンケル!」

みたいなどでかい看板がものすごい浮いてて、偉大なベースボール
プレイヤーさえも手に負えないこの町で、自分は歩きタバコを
することもままならずシネスイッチ銀座を目指した。



んで肝心の映画のほうだが・・・。

つまらん。アンダーグラウンドのぶっ飛びようはどこへ消えた?
ロケ地もこだわってるし、テーマも斬新だけど、なんだか散漫過ぎない?
戦争をあっけらかんと撮ってその突き放したところから人間語るのは
いいけど、あまり上手く作用していない気がした。かといって
人間の営みが何かしら一点で語れるかったらそうじゃないけどさ。
むずかしい。

ミラクルってことをほんと馬鹿らしいやり方で伝えたかったのは
クストリッツァらしいけど、面白いかといわれれば面白くない!

といっても残念なことが。絶対この映画、分かる人にはわかる
小ネタがいっぱいつまってそうなんだよね・・・。こういうのわかんないと
ホント凹む。

明日も映画見にいこっかな。
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by box-in-the-cherry | 2005-07-31 01:17 | 映画の話

映画作るっていうこと

 16、17、18と、群馬のほうで三日間映画の撮影のお手伝いを
してきた。

なんか色々な面で、勉強になった。知識とかそれだけではなく。

ちょっと、こわくなってしまった。

色々書きたいのだが、うーむ。

とりあえず、考えようと思う。久し振りに。
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by box-in-the-cherry | 2005-07-19 23:21 | 映画の話

バトン

なにやらいつの間にかKANAっぺに映画のバトンを貰ったので
暇だし明日テストだし、書いてみることにする。

○所有するビデオ・DVDの本数

0。ゼロ本。買わない買わない。だって高いじゃん。
でもジブリのビデオは全部もってる。実家にある。ジブリ大好き☆えへ。
一番すきなのは空賊団のおばあちゃん。ドーラだっけ。間違えてたらすまん。
なんか無線かなんかを傍受したときに、机の上にある豪華絢爛な食事を
ガッシャーンと床におとすとこが好き。あんな豪快な人間になりたい。
そんでこそこそ落ちたもん食べる息子たちも好き。
○最近見た映画
 映画館ではエピソード3くらい。ビデオ借りてみるくらい。
理由はめんどいから。
ビデオでは、竜馬暗殺、悪魔のはらわた、伊藤高志の、イルミネーションゴースト。
チャップリンのニューヨークの王様。
 
○思い入れの強い映画5本

うーむ。むずい。挙げればきりが無いが、あえて挙げるなら、

1-シャイン。オーストラリアの映画だと思った。どこのツタヤにもある。
  ほんとに映画っていいなと
  心底感じたのは多分この映画から。
  この作品は、とかく親子の愛みたいなもので片付けられてる感があるが、
  オレはそんな解釈はお門違いだと思ってる。(別にどんな解釈あってもいいけど。)
  人間の感性に対する答えを明確に突きつけてる傑作だ。

2 鈴木清順の陽炎座かな。この映画観て映画サークル入ったようなもの。
  メッセージじゃない、イメージで統一されてる完璧な映像世界の存在を初めて
  認識した。

3 パゾリーニの「豚小屋」。彼のシュールレアリスティックなとこが好き。
  そもそもシュールとはなんぞやと言われると学の無い自分には
  説明できないが、学術用語で言うと、純粋な心的自動運動。
  理屈っぽい俺は、なにかと意味づけをしたがる人間だが、
  パゾリーニ見て大分変わったと思う。
  俺らが生きてる現実なんて一元的に見て片付けちゃうのは至極
  もったいない。無意識の中にある世界の確信にもっと迫っていこう(無理だけど)、
  認識と理解は全く違うものってことを知った映画。

4 アラン=レネの「去年マリエンバードで」。
  これは時間に対する意識が変わった。
  よく「二時間で何が変わるの?何が表現できるの?」みたいな、
  映画もろくすっぽ観てないくせにふざけたことを抜かす大馬鹿ども人たち
  がこの世には存在するが、そんなことは無い。
  時計の針は生物全ての基準なわけではない。ましてや人間個々人においてをや。
  時間が全てに同じように流れてるなんて大間違いだ。
  世界には全く異なった生のリズムが厳然として存在する。
  この映画をみれば納得する。リズムを感じる。そういう映画もある。

5 ま、最後は当然「猟奇的な彼女」だよね。ダントツ。
  チョン・ジヒョン可愛いんだもん。上記の映画よりよっぽど好き。あーかわい。さいこー。




  こんなもんかな。バトンは渡す人いないから終わり。



 
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by box-in-the-cherry | 2005-07-07 00:25 | 映画の話

なんつーか、ほんと。

 今日はカテキョにいったあと、
突然お手伝いする監督からお電話があり、
いまから会おうとのこと。

早稲田松竹の前でその方をまっていると、自分ともう一人、
映画の手伝いをする一年生のNちゃんも登場。

手伝いといっても、なにを何するのやら、映画のノウハウなぞ
これっぽっちも知らない俺たちは、
「私なんか日雇い(W大生内では主に東京貸物社を指す。
具体的な日雇いの事例はたこ焼き食べたい参照のこと。)行く気分ですよー」
などと、冗談交わしながら、監督がやってくるのを
今か今かと待っていたそうな。

結局集まったのが監督さんと美術の方、製作の方。
みんな自分たちと同じサークル仲間で、アットホームな感じ。20代後半の
まだまだ若い方達だ。
監督はMさんという方なのだが、Mさんは飲み屋の席で
様々なご説明をしてくださった。

「監督の下にはさ、助監督ってのがいるんだけど、
(うむうむと頷く俺たち)それにも区分けがあってさ、
一番えらいのがチーフって言うの。(うむうむ)
その下がセカンド、サードって言ってね。(うむうむ)
セカンドの人は主に美術、サードは衣装とメイクを担当してもらうの。
(うむ、なるほど)。
そんで君達には、その助監のセカンドとサードを担当してもらおうと思ってるんだ。
(うむうむ)


・・・・・。エッ?


俺達は、日雇いのような、無気力な顔をして唯ひたすら体を動かす
奴隷のようなイデオロギーのいちばーん底辺のカスみたいな身分じゃないんですか?
マジすか?
そのあと緊張しっぱなしの俺達は、びくびくしながら先輩方の話を
食い入るように聞き・・・。

なぜかオレ達は映画が撮りたくて撮りたくてしょうがない人間です
みたいなレッテルを貼られ、「S君はどんな映画がとりたいの?」
と聞かれ、「いやー別に映画とか大して撮りたくないんすよね、めんどいし。」
なんてこといったらマジビール瓶でフルスイングされるやもしれぬと感じ、
「なんつーか、暴力的な映画が撮りたいっすね」と返答すると、
美術さんの目がきらきら輝き始め・・・・・。
「おう、オレもそういうのやりたかったんだよ、今度手伝ってやるよ!!」
とか言われそちらサンのテンション上がりっぱなし。
タスケテクレー。たちけてー。撮りたくねっつうの。脚本なんか考えてねえっつうの。


とりあえず、とても面倒なことに今後なるだろうことはまちがいないやうだ。
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by box-in-the-cherry | 2005-07-06 00:49 | 映画の話

もとのはんたいはとも

 なんかりんむから音楽のヤツやれっていわれてるけど、やりかたがわからんので
やらない。

まあ音楽の話をちょっとすれば、最近はなぜかTREXが流行っているとヤフー
ニュースに書いてあった。20センチュリーボーイ歌ってる人だ。漫画の題名にもなってる。
別にグラムロックに興味は無い。

最近でいえばシステムオブアダウンが好きくらい。オフスプが売れてるらしい。
どうでもいい。マンソンが一番好き。


今日バイトで、撮影のテストもかねてスターウォーズエピソード3を
バイトの皆で観た。SWはマニアの方がたっくさんいて、先々行オールナイト
を今か今かと待ち望んで眠れぬ夜を過ごしている人たちもいらっしゃるというのに、
大して興味も無い自分が見るのはほんと申し訳ないなと、

これっぽっちも思いません。
ひまつぶしに見てやったよ、へっ。

そしたらまあまあ面白かった。SF大スペクタクル大作。
さすがに1044席を誇る大スクリーンを、
スカスカの映画館で大また広げて観賞するのはよい気分だ。

思いっきりネタばらししたいのだがO田が怒るのでやらない。


SWなんかより、頭がちょいとづれてるおぢさんが俺にからんできたほうが
よほどおもしろかった。
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by box-in-the-cherry | 2005-06-23 01:27 | 映画の話

最近映画についてまったくかいてないなあ、あとすもう

 今日は神様の啓示があったので、いちげんとさんげんだけ出て
帰って映画観た。つーか映画館に映画みにいきてえ。でもめんどい。

 今日観たのは原一男の「全身小説家」。井上光晴っていう
文学音痴の僕にはさっぱりのお方が、癌になってから死ぬまでの
人生を撮った記録映画、ってカテゴリ分けするのは無理。
ドキュメンタリーなんだけど、ドキュメンタリーじゃないんだよね。

 井上光晴は自分自身の年譜を書いてて、前半はその年譜どうりに
話が進むんだけど、後半になると、小学校の同級生とかの証言から、
こいつがえらそうに語ってたことは嘘ばっかりだってことが判明するんだよね。

信じたよ、だってドキュメンタリータッチなんだもん。井上光晴が言ってる事
全部ホントだと思っちゃったよ。

でも、こいつカッコいいこというんだ。

例えば俺たちの人生があるわけだよ、それを他人に語るときに、
何らかの自分のストーリーを取捨選択して語るわけだ。
その選んだ自分の出来事は事実だよ、だけど取捨選択してる時点で、
その語ったことはフィクションなんだって。
逆に言えば、俺たちが作るフィクションの中の、ひたすら突き詰めた上での
根底にあるものこそが
リアリズムであると。

何が面白いってね。井上光晴は、曝してるの。自分の全部。
始めはわざと自分をかっこつけて、わざと陥れて、手術のシーンまで見せて
鮮血が飛び散る自分の体の裏側まで、全部を全部。
そんで死ぬ。

かといって全部っつっても所詮は映画なんだから、その中で取捨してんだから、
井上光晴のドキュメンタリー性なんてない、フィクションじゃないか。

いいじゃん。ちゃんと題名が、「全身小説家」なんだから。
フィクションの中にこそリアリズムがある、そのリアリズムを文字にするのが
小説家。それを彼は人生ってツールを使って表現しただけの話。


全身小説家。綺麗な結実。


そういえば、二子山親方が亡くなった。
相撲フリークのI籐君は、その日ガックリと肩を落とし、
二子山親方の全盛時代の新聞の切抜きファイル(全12巻)
を、とりつかれたように、野太い声で何度も何度も読み返していたらしい。

もう御覧になったかたもいらっしゃるだろうが、式の一般人参列の
先頭で、

「ずっと好きだった・・・・・。」

と、嗚咽を漏らして泣いていた人物こそが、I籐氏その人である。

彼のブログに式の詳しい模様、そして激しい思いのたけ
が書かれることを、筆者は一日千秋の
思いで待ち続けている次第である。
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by box-in-the-cherry | 2005-06-02 18:47 | 映画の話

じーこ

 今日はボラのサークルの企画で、色んな人たちとサッカーやった。
疲れた。

 帰って大島渚の「絞死刑」観た。

これ凄かった・・・・・。別に泣くシーンじゃないのに泣いた。
おれん中でのあらゆる感受性が揺らいだせいかもしんない。

話はねー、二人の女の人殺して強姦したRっていう死刑囚がいて、
ちゃんとした手続きをふんで、お祈りとか、饅頭食わせるとかタバコ吸わせるとか
して、はい死刑ですよって、首つってドーンって床が外れてちゃんと一般人なら
死ぬような段階ふんでんのに、首つって21分たってもそいつ死なないんだよね。
普通の人なら長くても15分で脈が停止するらしいんだけど、Rは停止しない。

 そいでどうしよどうしよって話。


↑を見るとどーでもいい話に見えるね。

大島渚さー。すっげえ上手いの。だって、始めは映像で、
死刑廃止反対71%
死刑廃止賛成14%
分からない13%

しかしあなた、実際に死刑場に行ったことはありますか
         実際に死刑に立ち会ったことはありますか


とか語っといて、そしたら法的に死刑の是非を問う、しかも
大島は死刑廃止論者なんだろうなーってこっちの頭ん中に
映画のストーリー展開想像させちゃうわけ。

始めはさ、死ななくて記憶なくしちゃったRに、もう一度死刑を
受けさせる権利なんてないだろう!魂は天に召されたんだ!!
みたいな事を牧師さんが言い始めて。(死刑執行の際に牧師とか立ち会うのよ)

そっから刑務所の所長とか課長とか教育部長が、Rの記憶を取り戻させようと
やっきになって、どうやってRが被害者を殺したかを再現し始めて。

そのへんはわざとコミカルに演出してて、いくら一生懸命教え込んでも
Rは馬耳東風。
あんまり熱が入りすぎちゃって、教育部長は女の被害者を殺すシーンを
空想してて、ほんとに自分が殺したと思い込んじゃうんだよね。別の女の人を。
そっから世界が狂いだす。

みんな死んだ女の人が見えてきちゃうんだ。精神の共有。

後半は、Rの自問自答に移る。
Rという人間は貧乏で定時制に通いながら働く朝鮮のひと。
社会でも家族間でも辛い思いをし続ける人間。
知ってのとおりそういう人間は妄想に自分を漂わせる。
Rは想像する。今自分は自転車をこいでいる。目の前に自転車をこぐ
若い女が見える、追いつく、追い越す、自転車を止めて女が来るのを待つ、
そして・・・。

いつも想像してたそんなことが、目の前に起こっている、
しかし不思議だな、いつもは若い女は道の左側を走っているはずなのに、
今日は右側だ。
これは現実なのか、夢なのか。現実と夢の境にベールがかかってたはずなのに、
Rのなかで全てが倒錯する。
果たしてそこに存在する人間はRなのか?Rの証明とは何をもってする?
そもそも大島の中で、Rは一個の人間をさしてないんだよ。


・・・最終的には死刑の持つ意義から日本の国家に対する一般概念までを
人間の錯綜した精神世界を含みながらすべてひっくり返し、語り掛けによって映画を見てる
俺たちを無理やりブラウン管に引っ張り込む、完全参加型の映画。



すごすぎ。名画座にしかないから必観。
新宿のツタヤにもない。
大島渚天才。
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by box-in-the-cherry | 2005-05-22 23:41 | 映画の話